私の周囲の放射線数値

2011/06/30  CATEGORY/その他
今回はお気楽とはほど遠い話題です。
自分のためのメモなので興味のない方はごめんなさい、スルーしてね。

先日こんな記事を読みました。
現代ビジネス~経済の死角
まさにこの記事で取り上げられてる地域にウチは入っているのです。

私が習っているヨガの先生が放射線測定器を持っていて貸してくれました。
早速きのうから家の周囲を測定したら・・・ビックリの数値でした

4階自宅玄関前 0.19マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629自宅前通路

リビング床(ラグマット) 0.19マイクロシーベルト/h
110629リビング床

自宅ベランダ① 0.27マイクロシーベルト/h(地面から10cm)
110629ベランダ①

自宅ベランダ② 0.20マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629ベランダ②

マンション玄関ロビー 0.16マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629マンションロビー

マンション前道路 0.35マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629マンション前

マンション玄関脇植え込み 0.74マイクロシーベルト/h(地面から10cm)
110629マンション植込み

駐車場 0.30マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629駐車場

自宅から駅までの途中にあるセブンイレブンまで歩いてみました。

駅まで① 0.35マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629セブンまで①

駅まで② 0.34マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629セブンまで②

駅まで③ 0.32マイクロシーベルト/h(高さ1m)
110629セブンまで③

高いだろうとは予想してたけど、これほど高いとは・・・
測定していて気分がどよ~んと落ち込んでしまいました
家の中でも私がいつも寝転んでいる床面は結構高いのね~。
お掃除が適当だし、窓を開けてると外から入ってくるのかな~?
今まで私の心配し過ぎに呆れていた夫も、数値を見たらちょっと気にしてしまったようです

お掃除以外にどんな対策をとったらいいかわからないけど
あまり気にしてストレスが溜まるほうが健康に悪いらしいからほどほどに~。

渋谷 『VIRON』 と 中目黒 『韓流美食』



今さらの記事ですが・・・
RAINのお誕生日の日にお友達と待ち合わせたのは渋谷。
VIRONで美味しいパンが食べたかったのだ!

ランチタイムの終わり頃に行ったので、14時からのカフェタイムに並びました。
とっても混んでるし、お客さんの回転が悪くて1時間くらい待ったかな~。

1階のパン屋さんで食べたいものを選んで2階のレストランで出してくれます。
厚切りのパテのサンドイッチとかぼちゃのタルトをお友達とシェアしました。
パテが濃厚で食べ応えがあって、パンももっちりで歯切れが良くて美味しかった
タルトは味がぼんやりしてて私にはイマイチに感じました。
VIRONにも口に合わないものがあったのにちょっとビックリ。

その後はまた1階に行ってケーキを選んできて2階で食べました。
RAINのお誕生日なのに地味なビジュアルのケーキを選んじゃった
シブスト、オレンジ風味(?)のムースが爽やかでした。
久しぶりに濃厚な甘さのケーキで美味しかったです

帰りに自宅で食べる用にバゲットやクロワッサンを買いました。

c110625.jpg

渋谷から中目黒に移動。
RAINが去年の夏に行った韓国料理店、韓流美食に行きました。
初めてだったので方向音痴の私は迷った・・・
地図を90度間違えて見ていました
すごく分かりやすい場所だったのに・・・私って本当に地図読めないです

110625-2.jpg

壁にはたくさんの韓国芸能人の写真やサインがありました。
他の席にもあきらかにRAINファンと思われるグループが何組か・・・
お店の方が気を遣ってくれたのか、途中からずっとRAINの曲が流れていました。
私達は隠れファンなのでひっそり目立たないようにお祝いしてきました

110625-3.jpg

最初はマッコリで乾杯したけど、何口か飲んでお友達に引き取ってもらいました。
梨マッコリ甘くて美味しかったです。
たくさんの種類のマッコリがあったのでお酒の飲める人は楽しいかも
チヂミがモチモチでとっても美味しかったです。

110625-4.jpg

Happy Birthday☆RAIN☆



きょう6月25日はRAINのお誕生日。
29歳だけど韓国式の数え年だと30歳ってことかな。
お誕生日おめでとう

きょうは所用で上京してきたRAIN友達と一緒にお祝いをしてきました。
RAIN本人は不在だけどね
去年は福岡のライブでお誕生日を一緒に祝ったのに、今年は別々だね。

代わりに美味しいケーキを食べて来てあげたよ。
去年RAINが行った韓国料理屋さんにも行ってきたよ。
お店ではRAINの曲がずっとかかっていたよ。
きっと世界中のファンが、それぞれの場所で心を込めてお祝いしていたことでしょう。

入隊まであと数ヶ月。
お仕事もキッチリやって、友人ともたくさん遊んで
体に気をつけながらも後悔のないように過ごしてね!

ふぅ~。25日中にアップできた~

最近のネイル

n110615

まだ爪の先っぽがボロボロなんだけど、ヌード爪が寂しくて簡単ネイルです。
 ↑ このシール、メガネ屋さんでおまけでもらったものだけど結構かわいいかも
爪先だけシルバーのラメをのせてます。

 ↓ 私としては珍しい感じの黒いバラとチョウチョのシール。
ネイルシール福袋のおまけに小さな切れっ端が入っていたの。
爪先にゴールドのラメをのせてます。

黒い色って抵抗があったんだけど悪くないかも~。
今回はおまけばかりでお手軽シリーズでした

n110624.jpg

気になっていること・・・8月13日にRAINのコンサートが釜山であるかも?という噂。
もしも本当だったら私は嬉しいけど・・・

今月から成田~釜山へのエアプサンの直行便が就航。
エアプサンに乗ってみたくて、お盆休みは夫婦で釜山旅行を12日~16日で予約済み。
年末のソウル旅行もRAINのコンサート絡みで夫を付き合わせちゃったし
今回もコンサートと重なると絶対に最初からわかってて計画しただろうって疑われそう
夫の不機嫌な顔が目に浮かぶようです
神様に誓って偶然だってば~!

豆もやしビビンパの変化

まめもやし2

今日で大学の社会人講座のほうの韓国語教室の1学期が終了しました。
これから長~い夏休みに入って、次の秋学期は9月からです。
7月と8月に1日ずつ補講があるけど
自分でしっかりやらなきゃずるずると勉強サボって怠けそう~
(家の近所のカルチャーセンターはずっとあるけどユルユルだから勉強しないの

授業の後でクラスメイト達と韓国料理ランチに行きました。
私は大好きな豆もやしビビンパ。
お友達に 「また同じの頼んでる~」 って言われるくらい好きなのです

でも、きょうのはいつもとちょっと違いました。
きょうのは ↑ これ。
いつものは ↓ これ。
(以前写メっておいたもの)

今回はあきらかにもやしが少なくて、海苔やその他の辛い具がのってます。
きょうはお店がとても混んでいたし
私達のグループは5人中4人が豆もやしビビンパを注文しちゃったので
きっともやしが足りなくなっちゃったんじゃないのかな~?
まぁ、今日のも美味しかったからいいんだけどね

次回も同じものを頼んで検証しなくちゃ!

まめもやし1

韓国料理つながりでもうひとつ。
最近うちの近所のスーパーでも韓国フェアーをよくやっています。
きのう食品の催事を覗いたら、全国うまいものフェアの広い部分が韓国食品でした。
その中に、なんと!新大久保の超有名店 「おんどる」 が出店していました!

各種お惣菜や冷凍サムゲタンやいろんな調味料まであって
新大久保に行かなくても近所で買えちゃう~
夕飯用にキンパとチャプチェを買ってきて手抜きしました~

おんどる

ヘアエステ体験

ヘアエステ

私の髪は、この年まで白髪も無いし、天使の輪ができるくらいに元気なので
今まで髪の毛で悩んだことはありませんでした。

ところがここ2~3年、どうも分け目が薄くなってきたみたいなのよね~
同年代のお友達も同じ事言ってたから年齢的に仕方ないのかも・・・

シャンプーやトリートメントにも気を遣ったほうがいいのかしら?
と、ネットでいろいろ調べていたら 「ヘアエステ体験」 というのを見つけました。
軽い気持ちで応募してみたら当選したので体験してきました。

ヘアエステっていうから頭皮のマッサージとかいろいろするのかと思ったら
シャンプーの後でケラスターゼの液体で10分くらいパックしただけでした。
それを洗い流してブローして終わり。

でも無料体験っていうわりにはシャンプーとブローは別料金だって・・・
3150円を請求されてちょっとだまされた気分でした
あのパック液だけが無料だったってことなのね。
確かに終わった後の髪のツヤもあるし手触りも良くて、髪の毛もしっかりしたかも。

パック途中でお茶とお菓子が出されたんだけど
あまりすぐにがっついたらみっともないかしら・・・と思って我慢してたら
ほんの10分くらいで洗い流すためにシャンプー台に移動して
席に戻ったらお菓子はすでに片付けられていました~

高級そうなアーモンドタルトといろんなキャンディーがあったのに~!
3150円を支払ったことよりも、お菓子を食べそこなったことが悔しくてたまりません。
カッコつけずにとっとと食べれば良かったよ

自腹でヘアエステをリピートするかと言えば・・・無いかな。
いつも行ってるヘアサロンでヘッドスパしてもらったほうが気持ちいいや
まずは自宅で使うシャンプーなどを良さそうなものに変えようっと。

 ↓ 私が使っているロレアルパリの洗い流さないトリートメントです。
オレンジがハリ、コシを与えるタイプで、紫が髪のまとまりを良くするタイプ。
濡れた髪にスプレーするだけで使い方が簡単で、どちらもなかなかいいと思います。

トリートメント

コーチの扇子

       扇子

今月号のnon.noの付録はコーチの扇子とハンカチです。
コーチ好きだから絶対に欲しかったのでネットで予約して手に入れたけど
きのう本屋さんに行ったら山積みでたくさん置いてありました~。

ハンカチは生地が薄いし色落ちしそうな感じで使えるかな~?
でも扇子は付録にしてはなかなかカワイイです
今年の夏は活用しようっと!

non.noなんて何十年ぶりに買っただろうか?
内容が若向き過ぎて読むトコがほとんど無い。
超新星が出てる新大久保お店マップくらいしか読んでません。

680円だから扇子だけ買ったと思ってもOKかな

かぼちゃパンでごぼうサンド



久しぶりにパンの記事でも。
最近は気温が高いのでホームベーカリーでは早焼きコースで焼いています。
週に2回くらい朝食に食べるトースト用の普通のパンばかり。

久しぶりに写真に撮って違いがわかるパンを焼いたかな?
生地に1センチ角のかぼちゃを混ぜ込みました。
こねてるうちに混じってしまってパン全体が黄色っぽいです。
見た目はあまり存在感を感じないけど、食べるとほんのり甘いかぼちゃの風味です

ごぼうサラダでサンドイッチ。
お野菜たっぷりでヘルシーかと・・・
うまく挟めなくて見た目は悪いけど美味しかったですよ~

簡単ごぼうサラダの作り方は
千切りにしてゆでたごぼう、千切りきゅうり、千切りにんじんを
塩、こしょう、マヨネーズ、胡麻ドレッシングで和えて
白ゴマをパラパラ~とするだけです。
(私はにんじんをゆでないけど、少しゆでるとしんなりしてサンドしやすいですよ)

p110617-2.jpg

あんぱんいっぱい

2011/06/17  CATEGORY/おやつ
あんぱん3

九州地方は大雨で大変な状態だし、関東も雨が降ってジトジトしています。
こんな季節はカビや食中毒が心配ですね~。

先月、賞味期間が長い真空パックのあんぱんを買いました。
いつ食べようかな~と思いながら先週やっと封を開けました。
賞味期限まではまだ10日程ありました。

スティックタイプのあんぱんだったので、手が汚れないように袋の上部だけ開けてパクリ
あれ?これってあんぱんだよね?
なんだか発酵したようなツンとサワーな味わい。
ラムレーズンっぽいようなちょっと変わった味だな~と思いました。

嫌な予感がして袋を大きく開いてみたら・・・
緑色のカビが発生してる
私はカビが生えたあんぱんを気付かずにひと口食べちゃった~!

たった1個のあんぱんだったけど、迷った末にメーカーにメールしました。
すぐに現品を着払いで送ってくれとのことだったので送りました。
そしたら検査結果とお詫びの手紙と一緒に新しいあんぱんが届きました。
 ↑ こんなにいっぱい。
私が買ったのは1個だけだったのにかえって申し訳ない・・・

カビの原因は販売までの過程で袋に小さな穴が開いてしまったのだろうという事でした。
こんな事でメーカーに連絡するのはクレーマーみたいで嫌だったんだけど
とても誠実に対応してもらえたので気分が良かったです。

最近は老眼が酷くて手元がよく見えないのよね~。
きっとこれからこんな失敗が増えてくるだろうから気をつけなくちゃ。

 ↓ カビぱんの画像あり。
怖いもの見たさの方は続きをどうぞ~

続きを読む

セコいおばちゃんのアイスの買い方

2011/06/13  CATEGORY/おやつ
息子から使わなくなったデジカメを貰ったんだけど
まだ使い方に慣れてなくてボケボケ~

アイス

きのう夫と近所のショッピングモールに出掛けました。
暑かったのでコージーコーナーのイートインでアイスクリームを食べることに。

夫は北海道ミルク、私はスイートマロン(?)だったかな?
シングルでカップに入れてもらおうと注文したら
お値段がシングルだと280円、ダブルだと380円でした。

最初はシングル×2個で560円で注文したんだけど、ちょっと待てよ?
ダブルにすると中身は同じで380円ってこと?
店員さんに聞いたら 「そうですね」 だって・・・

セコいおばちゃんはもちろんダブル1個に変更してもらいましたよ。
夫は私の行動を見て呆れて、恥ずかしそうにしていました。
そして1カップのアイスを夫と二人でラブラブっぽく食べたのでした
もう立派なおばちゃんになりました~

私は日本人

2011/06/11  CATEGORY/その他
最近はどうもお気楽にブログ更新する気になれない。
表面上は明るく装っていても心の隅ではモヤモヤした不安や心配がある。

子育てもなんとか終わり、ささやかでも自分が楽しめるものを見つけながら
大きな悩みもなく、平和な日々を過ごしていたのに
大震災で、その後の原発事故で、お気楽だった心の中が少し変わってしまったみたい。

作家の村上春樹さんが、人文科学分野で功績のある人物に贈られる
カタルーニャ国際賞を受賞したそうです。
受賞の際のスピーチは、それは素晴らしいものでした。
読んでいたら 「そう、私は日本人なんだよね」 って、涙がスーっと流れてきました。
不安なこともたくさんあるけど、頑張ろう!と思えてきます。

お気楽なはずのブログだけど、
自分で後で読み返すために、ここにメモしておきます。

スピーチ(上)

スピーチ(下)

「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)

緑豆粉で洗顔

緑豆

台湾で自分用に洗顔用の緑豆粉を買ってきました。
薄い緑色の粒子の細かい粉です。
ドラッグストアでたしか79台湾ドル(240円弱くらい?)

手のひらで水と混ぜて顔に塗ってスリスリして使ってるんだけど
匂いが青臭い~
豆っていうより草の匂い?
でもだんだんと慣れてきました。

洗顔後はスベスベになって顔色も少し白くなるような・・・
まぁ、悪くはないので無くなるまで使ってみます。

水とかヨーグルトに溶かしてパックにしても使えるみたいなんだけど
一度やってみたらカピカピに乾いて洗い流すまでがバリバリして痛かったです


少し前までやっていたシルバーラメのシンプルネイルです。
今は爪がすごくいたんで表面がガサガサなのでジェルはちょっとお休み中~

シルバーラメ

台湾風炒め物

ドコモの通信障害の影響で、今日一日私の携帯が全く通話できません~
不便だよ~! 早く復旧して~!

五香粉

先日の台湾旅行では屋台などで甘いようなスパイシーな独特の香りがしていました。
とっても食欲をそそる香り

スーパーで 「たぶんコレだろう」 と目星をつけて買ってきました。
ビンゴ~! 開けてみたらやっぱりこの香り~!
五香粉というスパイス、シナモンや八角やウイキョウなどが入ってるみたい。

炒め物の最後にコレをパパっと振ると、あら不思議~。
あっという間に台湾風のお味になって美味しいです~
焼きそばやビーフンの仕上げに使っても美味しそうだな。


もういっこ、コチュジャンのこと。
今まではスンチャンコチュジャンを使っていたけど
少し前からヘチャンドルに変えました(デカイ・・・1kg入り)
RAINファンならピンっとくるよね?
RAINがCMしてるなら買わなきゃね~

優しいお味のような気がします。
野菜につけるサムジャンも買ったんだけど、塩気もマイルドで美味しい
生野菜がバリバリ食べられちゃいます。

ヘチャンドル

読書中

原発のウソ

「原発のウソ」 小出裕章 著

私は今まで原発に関して恐ろしいほど無知でした。
何も知らない頃って不安もなくて幸せだったな。
でも怖くても逃げずに知らなきゃいけないこともある。

ハマっているフライパントースト

きょうは29回目?29年目?の結婚記念日です。
1982年の6月3日に結婚式をしたのよね~
自分でもよくこんなに長く続いたものだな~と思います。
今年は特に何も考えてなかったけど
来年はキリがいい30年だから記念の旅行か何か計画しようかな

クック1

パネトーネマザーで焼いた食パンです。
・強力粉・・・250g、塩・・・4g、きび砂糖・・・25g、太白ごま油・・・少々
・牛乳・・・90cc、水・・・100cc、パネトーネマザー・・・15g
 (食パンコース・焼き色 ふつう)

最近ホームベーカリーで焼くパンはシンプルな白いパンばかりです。
その理由は・・・このフライパンで焼くトーストにハマっているから~
ある日テレビでクックパッドで人気のレシピというのを見たのです。
それ以来何度も作って食べています。
材料は食パン、卵、スライスチーズ、バター、塩、こしょう、だけ。

COOKPADのレシピ(作り方写真付き)

早速翌日の朝食に作ったら、夫も息子もお気に入り~
我が家ではちょっとアレンジしてスクランブルではなく目玉焼きで
カロリー高いな~と思いつつバターたっぷりでじゅんわりクロックムッシュ風に。

トースト焼いて、それとは別にフライパンで卵を焼くよりずっと楽チン。
お皿も1枚で済むしね
胡椒をたっぷり目にガリガリすると美味しいよ~

クック2

韓国映画 「母なる証明」 & 「息もできない」

もう6月?
梅雨入りしてなんだか寒いくらいです。

ブログちょっとサボってしまいました。
気持ちが落ち込んでると外に向けて発信できなくなってどんどん内に籠る・・・
先週聞いたショックな事を一週間引きずってしまいました

福島原発から飛散した放射性物質が関東にまで飛んできてるのは間違いなくて
私の住んでる場所はどうもかなり数値が高いホットスポットらしい・・・とは聞いていた。
ヨガの先生が放射能測定器を持っていて、先週ウチの近所を測ってくれました。
そしたらビックリ 東京都の発表の5倍くらい高い数値だったの
呼吸するだけで、当初に安全値と言われていた年間1ミリシーベルトなんて軽く超えちゃいます。

私の周りの家族や友人はあまり心配していないようで
私がその事を口にすると 「またか・・・」 のような嫌な反応をします
だから一人でモンモンとしてストレス溜まる~!

そんなこんなで気持ちが落ち込んでたのでお稽古事以外はほぼ引きこもり。
レンタルしたDVDも気持ちを反映するような重~い作品ばかりでした

        母なる証明

「母なる証明」 これ見たかったのよね~。
一人息子を持つ母親としてとっても興味があったので。

母親にとって息子は絶対的な愛情の対象だと思ってるし、
自分よりも大切な存在は息子しかいないし、どんなことをしても守りたい。

でもこの映画怖い~!!
女子高生殺人事件の容疑者となった息子の無実を信じて
真犯人を探す母親はどんな事でもやっちゃうのだ・・・

ウォンビンって最近は演技派っていう評判らしいけど
ふ~ん、ホントだ、結構いい演技するのね~。


もう一本は 「息もできない」

息もできない

この映画、観るの辛い・・・
人を殴ったりする暴力シーンが多いし、言葉が汚くて聞くのがいたたまれない。
字幕もあるけど、韓国語で聞いても蔑称が異様に多いのがわかる。

韓国の親って子供の事を愛情を込めて 「バカ犬」 みたいな呼び方するけど
日本より蔑称が多いように思います。
この映画の原題もたしか 「糞蝿」 とかだったかも。。。

不幸な幼少期を過ごして大人になったチンピラと、今が不幸な女子高生。
その二人の心が通い合うシーンだけがわずかな救いでした。

でも不思議なんだよね~。
最初は観るのも聞くのも苦痛だったのに、なぜか目が離せなくて
心が苦しいのにぐいぐい引き込まれて
悲しい結末なのに、見終わった後の後味は不思議と悪くはない。

好きなタイプの映画とは言い難いけど、心に残る作品でした。
私の中では、「母なる証明」 よりもいいかもしれない。